いわきの暮らしのコラム
思いを伝えあえる場所に
A家食堂 岩立文子さん

いわきにいながらにして本格的な沖縄料理が食べられるお店「A家(エイヤ)食堂」。沖縄そばやゴーヤーチャンプルーといった誰もが知る定番料理から、沖縄の伝統食、国内外の調理法を取り入れたオリジナル料理まで幅広く楽しめる人気店です。
初めての訪れた人でもつい長居してしまうような居心地のいいこの店は、様々な人たちが、誰かを応援したり、誰かを祝ったり、誰かと繫がるために訪れる店でもあります。そこで今回は、人気店「A家食堂」に人が集う秘密、いわきへの思いを、店主の岩立文子さんの言葉から探りました。絶品沖縄料理の写真とともにご覧下さい。dsc_6662

—沖縄で学んだ「命に感謝、食に愛情」

沖縄料理に惚れ込んで老舗琉球料理店である那覇の「美栄」に飛び込み、そこで基礎を学んだアヤさん。いわきに戻って来てからも、小名浜の割烹「一平」に住み込みで働くなど貪欲に腕を磨いてきました。結婚や出産を経た2008年に「A家食堂」はオープン。東日本大震災では「もう辞めようかなと思った」というほどの状態になりながらも、今も元気に店を切り盛りするアヤさんの食への思いとは。

沖縄で学んだのは「命薬(ヌチグスイ)」という食文化。すべてのものには命があって、その命を引き継いでわたしたちは生きているんだっていう考え方で、食材に対する愛情や感謝がベースになっています。豚だって野菜だって、もともとは1つ1つひとつの命。その命が私たちの身体のなかに入ってきて自分たちの命に変わるわけですよね。命を頂くことに対する感謝があるから、食に対する愛情が深くなるんです。

例えば、豚ひとつとっても、毛と爪と歯以外はみんな食べますし、とても丁寧に扱います。ラフテーという料理は8時間くらい煮込むんだけど、「生き物だったんだからとろ火でゆっくり炊いてあげないとおいしくならないよ」とか、「豚から出たダシは、ちゃんとまた豚に戻してあげるんだよ、捨てたらダメだよ」って、そういう風に教えられてきました。だから今も当たり前のように続けています。

それから、料理に込められた思いや文化の深さも現地で学びました。サーターアンダギーってありますよね? あれも実は子孫繁栄の願いを込めた縁起物のお菓子で、形は女性の子宮を表すんだそうです。そんな風に、料理1つひとつに意味があって、食べてくれる人への思いが込められているんです。わたしたちはそれほどの思いを込めて料理を作ってきたかなって、あの頃よく考えさせられました。

だからこの店でも、思いを大事に料理を届けていきたいですし、そういう思いがあってはじめて「医食同源」になるんじゃないかなって思うんです。命を頂くことへの感謝。料理を食べてくれる人への思いやり。食材への愛情と料理に込められた文化。そういう沖縄の人たちの考え方1つひとつがとても魅力的で、だからこそ、沖縄料理のお店をいわきで開きたいと思ってたんです。
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じっくり8時間煮込んだソーキが味わえるソーキそばは店の看板メニュー。

18島らっきょうちゃんぷる。塩味ベースの優しいお味。


—祖先や地域との繋がりを子どもたちに教えたい

おいしい料理を振る舞うということ以上に、アヤさんが大事にしているのが「思いを届ける」ということ。そして「人と人との繋がりを大事にする」ということ。いわきに帰ってきてから、その思いはより強くなったといいます。だからか、おいしい料理が食べたくて通う常連さんも多いのですが、店主の岩立文子さん(以下アヤさん)とおしゃべりしたくて通ってしまうという人や、店の雰囲気に魅了された方も大勢。
お客さんの誕生会を開いたり、地元湯本出身のK1ファイター、山崎陽一さんの壮行会が開かれたり、「飲食店」の範疇をどんどんと超えて、地域にはみ出して人と人とが繫がってしまうような、そんなお店なのです。アヤさんの店づくりの裏側にある思いを伺いました。

沖縄にいる頃は「沖縄っていいなあ」っていつも思ってましたけど、いわきに戻ってきて、いわきがダメかって言ったらそんなことはありません。素晴らしい海があるし、食べ物だっておいしいものがたくさんありますよね。だから、沖縄からいわきに戻ってきたときには、まずはいわきのことを知ろう、海のことを知ろうと思って、小名浜にある割烹「一平」さんで住み込みで修行させてもらっていました。市場に買い出しに行ったり、魚の下処理をさせてもらったり、あの頃に学んだことはとても役に立ってます。

ただ、わたしが子どもの頃と違って、これは全国どこでもそうかもしれないけれど、核家族化が進んで、ご近所付き合いや地域のつながりが少し弱くなっているのはちょっと寂しいですね。わたしが小さいときは近所のおばちゃんに怒られたりしながら、いろんなことを学んできました。自分にとって学びになるようなことを教えてくれるのはいつも他者。でも、その他者や地域との関わりが弱くなってきてる。

沖縄って先祖崇拝が根強いので、どんなに生意気な子でもおじいちゃんおばあちゃんをとても大事にします。そしてご先祖をとても大事にするんです。先祖の一人でも欠けたら自分は生まれていません。そう思えばこそ先祖を大事にできるし、ああご先祖様に見守られてるな、地域の人たちに見守られてるんだって安心できるようになる。つまり、先祖を大事に思えば孤独じゃなくなるってことなんです。

そういう先祖や地域との繋がりを、わたしは今の子どもたちに教えたいと思ってるんです。孤立すると、自分は1人なんだって思ってしまって思い詰めちゃうじゃないですか。ちゃんと小さいときから、みんなのなかで守られているという安心感を得られたら、自分で自分の命を断つようなことは減るんじゃないかと思います。だから、わたしは人と人の繋がりとか、地域との関わりを大事にしたいんです。
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正統な琉球料理を沖縄の専門学校で基礎から学んだアヤさん。
15きちんとした下処理で脂も臭みも取り除いたモツを使った中身汁。澄んだスープに丁寧な仕事が伺えます。絶品。


—KIファイター山崎陽一選手への思い

人とのつながり、そして地域との関わり。ここ数年、アヤさんが人一倍応援しているのがK1ファイターの山崎陽一さん。アヤさんは山崎さんの応援団を立ち上げるなど、有象無象の支援を続けてきました。試合のほとんどは現地で観戦。勝っても負けても、A家食堂を会場に祝勝会や慰労会を開いては、山崎さんを励ましてきました。応援団は、今では300人を超える大所帯になっているそうです。

陽一くんを応援するのは、なんっていうか全然損得勘定とかはなくて、わたしって、誰かに何かを提供してもらったり、自分を救ってもらったりするともうダメで。こちらが応援したくなっちゃうっていうか。実は震災後、わたし自身とても落ち込んでしまったことがあって。そこで陽一くんに救われたって思いがあるから、今度はわたしが彼を応援しようって思っているんです。

もともと彼はお客さんだったんだけど、その時は彼がプロのキックボクサーだなんて知らなくて。でもある日、何気なく「ぼくはこういう者なんです」って教えてもらって。そのときは「すごいなあ、そんな選手がいるんだ」ってくらいにしか思ってなかったんだけど、お店も厳しくて落ち込んでた時、もうお店なんていいやって車でいわきを飛び出しちゃったことがあって。それでたまたまその日に陽一くんの試合があったから、見に行ったんです。

彼は前座の試合に出てました。お客さんもほとんどいなくて。福島県出身だってアナウンスされて、トランクスに「がんばっぺいわき」って書いてありました。そんな彼が殴られて、痛そうで、それでも必死こいて頑張ってる姿を見たとき、「自分がチャンピオンベルト取って、いわきの子どもたち何かしてあげたいんだ」って語ってたことを思い出して、それでウルウルしちゃって。気づいたら「山崎頑張れ!」ってめっちゃ声が出てました。

そうしたら判定で勝っちゃってね。その姿を見たら、わたし何やってるんだろうって。彼はいわきのために頑張るって言ってて、わたしは自分のことしか考えられなくて、店も子どもも放り投げて東京まで逃げてきちゃって。諦めようなんて思った自分が恥ずかしくなっちゃったんです。ダメだ、はやく帰って仕事しなくちゃって思って、それで立ち直って。そのあと祝勝会やったときに「あたしはあんたに救われたんだよ。チャンピオンになるまで応援するよ」って言ってましたね。

あれから少しずつファンが増えて、試合を見に行くなら応援団も作ろうということで、今では300人くらいになりました。岩城光英さんが後援会を作って下さって、活動も広がってきました。陽一くんは、今ではいわきにジムを作りたいって夢があるそうです。それまでキャリアをしっかり積んで、「あの山崎選手に教えてもらいたい」って若い選手が増えていったら、湯本ももっと盛り上がるんじゃないかな。

5アヤさんの長女が描いた山崎選手の似顔絵。


—いわきの海の魅力も伝えたい

アヤさんが最近力を入れているのがもう1つ。釣りです。知り合いの女性たちに声をかけ、沖合で釣りイベントを企画しているのです。お店には、アヤさんが前に釣ったという3メートル級のカジキの写真も飾られていました。アヤさんの夢は、ますます大きくなっています。

本格的にやってるのは女性限定の釣りですね。海って、荒れる日もあるけど穏やかなときもあって人生そのものだなって。それにいわきは海が本当にきれい。だから震災後に一級船舶の免許も取っちゃって。今は定期的に船をチャーターして沖に出て釣りをしてます。いわきサンマリーナも再建が決まったし、だから今の夢は、女子だけでカジキを釣り上げること。本気ですよ。

魚ってね、わたしたちに釣られまいとして必死になるでしょう。魚だって死にたくない。でもこっちだって何とか釣ってやろうって必死になる。そんななかで、魚のほうが「アヤにだったら食われてもしょうがねえな」って観念して、それでわたしは釣らせてもらう。だからこそ、そういう魚の命を頂くのなら、ぜったいにおいしく食べてあげたいなって思うんです。

釣りをするようになってから、魚について詳しくなっただけじゃなくて、命を頂くってことに対する有り難みをより感じられるようになりました。魚釣るときのあの重みもまた、命の重みだと思いますし、釣りだとそれが自分の体全体にかかってくるから、余計に命のやり取りというものを実感できる。はやく女子だけでカジキを釣って、もっともっといわきの人に、いわきの海の魅力を伝えていきたいと思っています。

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今日も背中に「ぬちぐすい」の文字を刻んで。
17手前は紅芋の天ぷら。奥はそうめんチャンプル。

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沖縄料理の定番、スパムを使ったゴーヤチャンプル。料理を盛り付ける器や店の内装にもセンスが光ります。


—出会う人、みんな大事な人

料理も、地域とのつながりづくりも、常に全力投球。本当に「いつ寝ているんだろう」と不思議になってしまうほど、アヤさんはいつもいつも誰かのために動き回っています。なぜアヤさんはそこまで誰かのために動けるんだろう。そんな質問をぶつけてみると、アヤさんの言葉から、アヤさんの人生哲学、そしてA家食堂のなんたるかがおぼろげながら見えてきました。

わたしね、肉体は滅びても魂は永遠だと割と本気で思ってるし、人生って、どれだけのものを残したかじゃなくて、どれだけの人に何かを伝えられたかだと思ってるんです。だからこの店も、沖縄料理を出す店なんだけれど、それは当たり前の話で、それだけじゃなくて、色んな人たちを繋げる場所だと思ってるんです。わたしが死ぬときに、別に一銭も残ってなくていい。誰かの心に何かが残って、ああ、あの人にあんなことを教えられたなあとか、あの人には勇気をもらったなあとか、そういう風になれたらなって思うんです。

この店をオープンなお座敷にしたのも、人と人が繫がっていく場所にしたかったから。面白いですよ。例えば老夫婦とカップルが座ってるとする。お互いに見えるから、老夫婦は「わたしたちもあんな時期あったね」と思うだろうし、若いカップルも「あんなふうに年を取ってもご飯を一緒に食べたいね」って思うと思うんです。それぞれの過去や未来を共有できるということなんですよね。ここでお誕生日会を開くのも、そういうあったかい気持ちを共有できるからなんです。

今の時代、なかなか人と会って、過去や未来を共有したりしておしゃべりできるっていうのは難しくなってきたけど、そういうご縁があるってこと自体とても貴重なこと。つまり出会う人、みんな大事な人なんだと思います。それが広がっていけば、何か自分のこれからの人生のヒントになったり、誰かの助けになったりする。ここは、そういう場所になって欲しいんです。

実は、昔「こんな店にしたいな」って思ってた理想と今のA家食堂ってとっても近いんです。若い頃「おせっかいばあちゃんになりたい」って思ってて。お客さんの具合が悪そうだったら「これ食べなさい」って言えるお店がやりたいと思ってたので、だんだん近づいてきましたね(笑)。やっぱり、人生って思ってる方向に行くんだと思います。だからこそ、このお店を、自分の思いを誰かに伝えたり、誰かの思いを共有できる場所にしていきたいですね。そういう場所で食べるからこその「医食同源」なんだと思います。

 

取材をして気づいたことがあります。アヤさんの方言。沖縄の話をするときは沖縄なまり。いわきの話をするときはいわきなまりなんです。その土地の言葉が思わず出てしまうところに、アヤさんの地域との深く関わりを伺い知ることができました。ぜひ、そんなアヤさんの魅力に触れ、沖縄料理のおいしさを楽しんでみて下さい。地域で暮らすこと、いわきで暮らすことの「本質」が、食堂で見つかるかもしれません。
7湯本駅徒歩1分。いつも変わらぬ笑顔で訪れる人を温かく迎える岩立文子さん。

(取材:小松理虔)

○店舗情報○

A家食堂
住所:〒972-8321 福島県いわき市常磐湯本町天王崎38
電話:0246-84-7420
水曜日定休
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