【アトリエマルム】思いを受け止め、形にする

ー家ナビ編集部の会社訪問その4ー
アトリエマルム一級建築士事務所 佐藤 大さん

 

※インタビュー時はKD設計
テレビ番組などで「建築家」が注目を浴び、住宅にデザイン性を求めるお施主さまが増えるなか、代表作「すぎのいえ」など、デザイン性の高い住宅を次々に世に送り出しているアトリエマルム一級建築士事務所【※旧:KD設計】の佐藤大さん。佐藤さんは、お施主さまの理想をどのように受け入れ、形にしようとしているのか。「KDデザイン」の根源を探るべく、佐藤さんご本人にお話を伺ってきました。


—KD設計さんといえば、いわき家ナビでも取り上げていますが、やはり「すぎのいえ」が代表作ですね。平成19年に竣工し、第11回木材活用コンクールで優秀賞(全国木材連合会会長賞)を受賞しています。その他の住宅も、やはりデザインが評価されていることと思いますが、お施主さまはどんな反応でしょうか。佐藤さんのデザイン力に期待する方が多いのでは?

おかげさまで「すぎのいえ」が賞を頂きまして、その写真などを見て家を作りたいとおっしゃって頂くお客さまもいらっしゃいます。やはり、お施主さまが私に何を望んでいるかと言えば「デザイン性」なのかなという自覚はありますね。父が設計事務所をやっていたこともあり、物心ついたときから住宅設計には興味を持ってきました。

今でも、コンクリートの打ちっぱなしの建築とか、大きなガラスの入った大開口の家とか、デザインをとことん突き詰めた住宅を手がけてみたいという思いはあります。でも、私の家自体に「KD設計らしいデザイン」があるかと言われれば、そういうわけではないと思っています。デザインというのは、初めから結論があるものではなく、あくまでお施主さまの希望を形にした結果だと思うんですね。

お施主さまのなかに、作りたい、住んでみたいという家のイメージがあって、とにかくそれを聞き出して形にすることが第一です。ですから、自分のスタイルを出すということは、優先順位としては低いです。もちろん、色や素材の好みと言うのはあるかもしれませんが、敢えて言うならば、お施主さまのスタイルを引き出すのがKD設計のスタイル、ということかもしれません。

あの「すぎのいえ」も、もともとお施主さまが「全面板張りの家がいいんだ」とおっしゃってくれていたからこそできたものです。ですから100%すべて私がデザインするということはありません。あくまで、お施主さまの希望や思いが大事だと思います。

2インタビューに応えて下さったKD設計の佐藤大さん。高校時代は英語科であり、大学でも英文を学んだ過去を持つ「文系出身」の設計士でもある。

—お施主さまのアイデアを引き出したり、それを形にするうえで、佐藤さんがもっとも大事にしていることはなんでしょうか。

私のところに家づくりを頼んで下さるお施主さまは、どちらかといえば自分なりのビジョンやこだわりを持っている方が多いです。例えば、何らかのプロダクツが好きだとか、ビルトインガレージの家にしてみたいとか。ですから、お施主さまの考えや好みなどを理解するための時間を大事にしています。

思いを理解するために大事なのは、まずは否定せずに思いを受け止める、ということでしょうか。「それは絶対無理です」とは言わないようにしています。もちろん、条件的に難しい場合には代替案を提案しますが、これがしたい、こんな家にしたい、ということを言える環境をつくる。そのためには、アイデアを否定せずに受け止めることだと思います。

何度も足しげく通って、信頼関係を築けないと、思いを受け止めることはできません。やはり家づくりには時間がかかります。今の会社の体制だと、年間で2〜3棟が限界かもしれません。それ以上増やしてしまうと、私の目の届く範囲を超えてしまうような気がしますね。

8佐藤さんの奥様の良子さん。照明がご専門であり、北欧のスウェーデンに留学し照明や設計デザインを学んだ。KD設計に新風を吹き込む存在。

—家づくりというと、手続きのほうも難しいですよね。一般的なメーカーさんだったら、営業マンが全部面倒を見てくれることが多いですが、個人で設計事務所に頼むとなると、お金の問題や手続きが難しそうという方もいるのではないでしょうか。

支払いや契約の部分でお施主さまの気を煩わせないよう、震災以降は設計費用だけでなく工事費用まですべて私たちでお預かりして、予算を配分するシステムを取り入れています。通常、設計事務所というのは担当するのは設計だけで、そのほかの工事に関してはお施主さまがそれぞれの業者とお金のやり取りをするところが多いのですが、それだとお金のほうにどうしても心配がいってしまいます。

お金のやりとりの大変さが解消されることで、その後の素材や設備選びにみっちり時間を割けますし、価格もクリアに提示しますので、コストを自分たちで管理しやすくなるんです。つまり、家づくりのプロセスにお施主さまがより密接に関わって頂くような環境になるということですね。密接に関わって頂ければ、さらにお施主さまの思いを理解することにつながりますし、だからこそ、結果的に満足感を持って頂けるのかもしれません。

そうして関わって下さると、お施主さまが家にどんどん詳しくなっていくんです。はじめは専門的な知識がなかった方も、そのうちどんどん提案してくれるようになって、最後は、住宅設備やインテリアなど、私より断然詳しくなっていく方もいらっしゃいますから。それだけ皆さんが家づくりを主体的に考えて頂けているのかもしれません。

5一級建築士として、デザイン性の高い住宅を世に送り出している。

—佐藤さんが普段のお仕事、特に「設計」において意識されていることはどんなことでしょうか。

やはり手仕事を大事にしたいと思っています。今は、技術が発達してCADというソフトでどんどん図面を書いていくことができるようになりました。作業の効率はあがっています。でも、人が暮らしを思い描いたり、好きなライフスタイルを思い浮かべたりするとき、そこに効率があるわけではありません。むしろ、人間の思考ってとても非効率だと思うんです。ですから、私もアナログ的なアプローチ、手作業で形にしていくことにこだわりたいですね。

デジタルの製図ソフトだと、簡単にコピペしたり、線を削除したり引き直したりできるのですが、どこか「書いたつもり」になってしまう。だから、後から思い浮かべようとするとなかなか思い出せなかったりするんですね。そうではなく、慎重に手で線を引いていくことを心がけています。今度、1人新人を入れようと思っているのですが、若い世代はみんなソフトウェアで育っていますから、余計に手仕事の感覚から遠いところにいます。新人にも、手で書くことを徹底して教えるつもりです。

手で書くという行為は身体性がありますから、「あれ、この長さじゃ収まらないな」とか、「これでは高すぎるかな?」というように、身体のスケールを思い浮かべて線を引くことができます。この微妙な身体性を大事にしたいんです。身体が引いた線ですから、身体で覚えています。後からいかようにもイメージを膨らませることができますし、お施主さまの生活のスケールを思い浮かべながら図面に落とし込むことができるんですよ。

6佐藤さんの手書きのスケッチ。すべてはここから始まる。

4思いを受けとめることが重要だと佐藤さん。この日も穏やかにインタビューに答え下さいました。

—確かに、佐藤さんの家は、デザイン自体はとてもモダンでシンプルなのに、無機質なわけではなく、暖かみがありますね。素材も、ソリッドで素材感のあるものがよく使われています。デザインにも身体性というか、生の感覚が生かされているような気がしますね。

はい、確かに私は素材感のあるものが好きです。人が使う者ですから、やはり肌感というか、手触り感のあるデザインを取り入れていきたいとは思っています。そういうデザインを、人によっては「佐藤さんっぽい」と言って頂けるのかもしれませんね。

少し話がずれるかもしれませんが、私は「間取り」という言葉があまり好きじゃないんです。なんとなく間取りと言うと「2LDK」とか「3LDK」といった条件の中で、部屋と部屋を組み替えるようなイメージになってしまうからです。デジタルな組み合わせのように思えてしまうんですね。でも人の暮らしというのはそう単純に割り振れるものではないと思うんです。

あくまで、お施主さまの思いや暮らしぶりを、どう空間に落とし込むかが大事。間取りや常識にとらわれず考えていくことが必要だと思っています。家づくりの主役はお施主さまですから。作るのは私の家ではなく、お施主さまの家。お施主さまが「自分がつくった家だ」と思えるように、私はできるだけお施主さまを思いを受けとめられるデザイナーでありたいですね。

会社名:株式会社 アトリエマルム

所在地:〒973-8402 いわき市常磐湯本町三函242-9
代表取締役:佐藤 大
管理建築士:佐藤 大(一級建築士 福島県知事登録第18(408)0477号)
TEL:0246-88-8531
主な事業内容:住宅の設計および施工
事務所・店舗・商業施設等の設計及び施工
その他、増改築・リフォーム・建物補修等


文・写真:小松理虔(ヘキレキ舎

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